年間第14主日 A年
ある日、一人の先生が黒板に100という数字を三つ書きました。その後、生徒たちに向かって「これらの数字が小さく見えるように、何かしなさい」とおっしゃいました。
一人の生徒が黒板の前に進み出て、黒板消しを取って100という数字の0を一つ消しました。100という数字は10という数字になったのです。次にもう一人の生徒が同じように黒板の前に出て、黒板消しを取り、100という数字から0を二つ消しました。100という数字は1という数字になりました。さらにもう一人の生徒が黒板の前に進み出ました。面白いことに、その生徒は黒板消しには目を向けず、むしろチョークを取りました。しばらく考えた後、生徒は110という数字を100という数字の横に書きました。最後の生徒の行いを見て、先生は生徒たちに向かって「これこそ本当の人生の知恵である」とおっしゃいました。
「ものごとを小さく見せるために、
何かを消す必要はありません。
もっと大きなことをすれば良いのです」
わたしたちの日常生活も同じです。自分が優れた者であると見せるために、相手を侮辱する必要はありません。自分を偉く見せるために、相手を見下す必要もありません。自分が正しい者であることを認めさせるために、相手を悪く言う必要もありません。自分がちゃんとやっているということを知ってもらうために、人々の前で宣伝する必要はありません。
日頃から、自分自身を磨き、人と比べるのではなく、自分が持っている良いところを伸ばすことに目を向ければ、その違いはおのずと見えてくるのではないえしょうか。蝶々を手に入れるために、ではなく庭を作ることです。蝶を追いかけて捕まえる必要はありません。美しい庭を作れば、蝶はわたしたちのところに戻って来ます。
「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。
休ませてあげよう」と今日の福音書の中で書かれています。
人生には頑張る時と、休む時があります。今の疲れはわたしたちのこれからの長い人生にとって無駄ではありません。今のこの「生きることに疲れた状態」は、わたしたち自分の人生の中で必要なトラブルと思えば良いのです。そして、「なぜこのトラブルが起きたのか、自分の生き方のどこに間違いがあったのか」と考え、このトラブルから学びながらこの一週間の旅路の旅路に踏み出していきましょう。