年間第21主日 A年
Duc in Altumというラテン語は、「沖に漕ぎ出す」という意味です。これは新約聖書、特にルカによる福音書 5章1節~10節の中でペトロという貧しい漁師と仲間たちが一晩中漁をしていたが何も捕れず、翌日網を洗っている時にイエスが彼らに言われた言葉です。ペトロはイエスを見つめて「先生、わたしたちは夜通し働いたが、何も捕れませんでした。しかし、お言葉ですから海に網を降ろしてみる」と言いました。その通りにすると、おびただしい魚が網にかかったのです。この光景を見たペトロは、イエスの前に伏して感謝を表しました。
この出来事の後にイエスはペトロに「これからは、人間を助けるためにわたしの弟子になりなさい」と言いました。すると、ペトロはその舟と網を水辺に残してイエスに従いました。
「沖へ」とは「もっと深いところへ」や「もっと深みに」という象徴的な意味で語られています。人生において最も大切なものは浅いところにあるのではなく、深いところにあります。大切なものはすぐに手に入るものではなく、なかなか手が届かないところにあります。生きることの本当の意味は浅いところにあるのではなく、もっと深いところにあるはずです。ですから、沖に漕ぎ出すことが非常に大切なのです。
人生は徒労と失望に満ちているという側面が確かにあります。ペトロと仲間たちは失望のただ中で、人生の悲しみと苦しみ、迷いと恐れ、行き詰まりと空しさの中で、イエスの「沖へ」という言葉に従って進んだのです。その結果、彼らの生きる目標が何であるかに初めて気付いたのです。
ペトロに関しては、福音書の他の部分でも記されています。彼は「岩」という名をイエスから与えられました。旧約聖書には、岩という言葉が二つの意味で使われています。ひとつは「神は我が岩、救いの岩」(詩編書62編1節~3節)という意味です。これは神が「揺るがぬ大岩」であることを示しています。もうひとつは「打ち砕かれるべき岩」という意味です。役に立たない岩だから壊すべきであるという意味です。
イエスがペトロに「岩」という名を与えた意味は「揺るがぬ大岩」よりも「打ち砕かれるべき岩」にあるではないでしょうか。ペトロは「揺るがぬ大岩」になるために、必要のない部分、またあらゆる妨げになる岩を壊さなければなりません。
ペトロは、弟子たちのリーダーであったが、湖の上をイエスに招かれて歩きながらも、怖くなって溺れそうになったのはペトロでした(マタイによる福音書14章22節~33節)。最後の晩餐の時、「あなたたちの間にわたしを裏切ろうとしている人がいる」とイエスは言いました。そうすると、ペトロは「先生、たとえあなたと死んでもわたしは決してあなたを裏切ることができません」と言いました。しかし、最後の晩餐の後、イエスが逮捕された時、他の弟子たちと共に彼も逃げました(マタイによる福音書26章47節~56節)。イエスの予言通りにイエスを3回否定したのも、彼でした(マタイによる福音書26章69節~75節)。
裏切りで一番悲しいのは、それが決して敵から来るものではないということです。わたしたちを絶対に傷つけないだろうと思っていた一人の人に裏切られるほど辛いことはありません。イエスは、ペトロに裏切られると思わなかったでしょう。しかし、結局ペトロに裏切られてしまいました。
このようなペトロ、どこが「岩」なのでしょうか。岩どころか、もろく崩れやすい砂の塊のようにすら思えます。イエスの与えた「岩」という名は、皮肉のように見えて来ます。
裏切りは、笑顔を向けてくる人すべてが心から誠実ではないという証拠です。信頼はガラスのようなもので、一度割れたら元に戻すことはできません。裏切られることは辛いけど、それは宇宙が守るに値する人を示す方法でもあります。裏切りは、心のない約束はただの空虚な言葉だと教えてくれます。時には、一番信頼している人が、一番深く傷つける人だったりします。沈黙は決して裏切らない本当の友です。
人生は、誰かの忠誠心をコントロールできないことを教えてくれます。どれだけ親切にしても、同じように扱ってくれるとは限らないのです。どれだけ大切に思っても、同じように評価してくれるとは限りません。時には、一番愛している人が、一番信じられなくなる人に変わることもあります。
ペトロは確かに弱い人間であったが、イエスの復活の後、目覚ましい活動を展開していました。復活のイエスにあずかることで、ペトロは新しい力を得、打ち砕かれて真の「岩」となることができました。そればかりではなく、天の国の鍵も授けられたのです。
人生において大切なのは、一度も倒れないということではなくて、倒れても立ち上がることです。ネルソン・マンデラは、「自分の成功で自分を評価するな。どれだけ転んで、また立ち上がったかで自分を評価しなさい」と言っていました。
「わたしたちは多くの人生の困難を乗り越えてきたから、これからもどのことが起こっても乗り越えられる」と心に留めながらこの一週間の旅路に踏み出していきましょう。