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聖霊降臨の主日 A年

今日は「聖霊降臨」の祝日です。イエス・キリストが昇天してから十日目の出来事です。弟子たちが祈っている時、聖霊が彼らに降ったことを祝う祭日です。弟子たちは聖霊を受けてから世界各地に行ってイエス・キリストの教えを言い広めるようになったのです。このことで聖霊降臨は教会の誕生日というようになったのです。
教会とはギリシャ語で 「エクレシア」 すなわち 「呼び集められた人の集り」 です。教会と聞けば 「場所」 や 「建物」 が連想されることが多いかもしれませんが、しかし、本来はもっとダイナミックな、生き生きとした、生命力にあふれた 「集会」 を意味しています。ですから、本来の教会は 「建物」 や 「場所」 ではありません。ここにいるわたしたち一人ひとりのことに指す言葉ではないでしょうか。ここにいるわたしたちは相応しく 「集う」 ために教会は 「建物」 や 「場所」 として必要になったのです。
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もう既に気づいたかもしれませんが、わたし自身にとってカトリック恵方町教会は 「祈り雰囲気」 があります。とても素晴らしいことだと思います。ですから、この教会の特徴は何であるかと誰かに聞かれた時、「カトリック恵方町教会は祈る教会」 だと誇りを持って返事して頂ければ幸いです。
カトリック恵方町教会は、 「祈る教会」 としてもっと感じられるように次のことを一緒に実施していきたいと思います。難しいことではありませんが、本当に言いにくいです。教会の中でのおしゃべりはやめましょう。それだけです。「ミサの前」とか「ミサの最中」とか「ミサの後」とかどうしてもお話したいことがあれば、「教会の出入り口」か、または「信徒会館」にてもっとも適切な場所です。教会内は「神との会話」のみです。
最初の聖霊降臨は 「弟子たちが祈っている時、聖霊が彼らに降った」 という出来事でした。注目して頂きたいのは 「弟子たちが祈っている時」 ということです。
カトリック恵方町教会は、「わたしたちの心の灯を絶やさないようにする場」です。それを大切にすることで、灯は大きくなり、強くなります。こうしてわたしたちは勇気をもって生きることができ、絶えず襲ってくる絶望感に巻き込まれずに、わたしたちを生かす霊的な力がそこにあると信頼することができます。
「あなたがたに平和があるように」 と今日の福音書の中で書かれています。聖ヨハネ・パウロ2世は、広島市を訪問された時、次の言葉を遺している。「過去をふり返ることは、将来に対する責任を担うことです。広島を考えることは、核戦争を拒否することです。広島を考えることは、平和に対しての責任をとることです。この町の人々の苦しみを思い返すことは、人間への信頼の回復、人間の善の行為の能力、人間の正義に関する自由な選択、廃墟を新たな出発点に転換する人間の決意を信じることにつながります。戦争という人間がつくり出す災害の前で、「戦争は不可避なものでも必然でもない」ということをわれわれはみずからに言い聞かせ、繰り返し考えてゆかねばなりません。」
誰もが平和を実現できる一つの方法は、「日頃からお互いのために橋を造ること」です。残念ながら、わたしたちは日常生活の中でお互いのために橋よりも壁を造ってしまうのではないでしょうか。
ここにいるわたしたちにとって、「橋」そのものは「祈り」のではないでしょうか。祈りは、形式よりも、生活の基本的な姿勢です。言い換えれば、わたしたちは言葉で祈るだけでなく、態度で祈ることができるのです。どんなときに祈ればよいか、イエスは「いつも祈りなさい(ルカによる福音書18章1節)」と言っておられます。とにかく、生活の中でたえず祈りなさいというイエスの教えを心にとめながらこの一週間の旅路に踏み出していきましょう。

2026 Catholic Ehocho

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